研究内容
放送政策/放送の地域性
研究のきっかけと趣旨
わたしはけっこうテレビっ子でして、子どもの頃は録画したバラエティやドキュメンタリーをVHSがすり切れるまで見続けるような生活を送っていました。いまはVODが発達しているのでテレビ・PC・iPadで同時に複数の番組を楽しんでいます。そういえばはじめての賞与もでっかいテレビにつぎ込みました。これは肌感覚ですが、メディアの学者でテレビに強い関心を持っている人ってほぼいない気がしています。最近の番組もおもしろいんですけどね。
で、当然テレビ局に勤めたいと思って大学の放送研究部に入りまして、ラジオ番組やラジオドラマを楽しく作っていたわけですが、公共政策大学院1年生の秋に「霞が関インターンシップ」という制度でたまたま総務省の放送政策課に配属されました。そこで出会ったのが「マスメディア集中排除原則」(マス排)の概念です。名前がかっこよすぎてすぐ惹かれました。放送法第93条第1項第5号です。
このマス排、要は「放送の『多元性・多様性・地域性』を担保することでいろんな人に放送を通じた表現の自由を享受してもらおうね」というもので、ひとつの会社が複数のテレビ局を保有できない(株を一定割合以上持てない)ようにしようとか、役員の兼任を制限しようとか、そういう構成になっています。
わたしはここで最初の研究テーマに出会うことになります。すなわち「地域の実情を踏まえたマス排のリデザイン」です。前述の三要素のうちとくに「地域性」については、わたしが地方(それも大災害の被災地)の大学に進学したこともあり、地域における民放テレビ局の威力を経験的に知っていました。そもそもわたしがこの道を選んだ理由のひとつは、東日本大震災の際に東北放送(JNN系列の民放地方テレビ局)が復興大臣による知事への恫喝をスッパ抜いたの見て衝撃を受けたことにあります。
他方、当時の議論は「地方のテレビ局が自社で作る番組を全体の○○%放送させれば地域性が満たされる」というような水準にとどまっており、これはこれで議論の余地はあるものの、番組だけでなくイベントや事業を通じて地域に貢献しようとするテレビ局の価値が十分に考慮されていないようにも思われました。
地方の実情を踏まえた制度設計を行い、民放地方テレビ局の持続可能性を高めるにはどうすればよいか考えること、ひいては「実効性/実現可能性の高いシステムや事業を提言し、事業者の選択肢を増やすこと」が、メディア業界を外から観察できる研究者がなすべき仕事だと考えています。こういうことを考えるためには法学だけでなくメディア研究やオーディエンス・リサーチの視点が不可欠であり、結果として大学院の2年間だけでは学びきれずズルズルと現在に至ってしまいました。
実は最近、ひとつのテレビ局が複数の県域で同一の番組を放送できるようになり、それに伴い「地域性を確保しながら放送対象地域を拡張するにはどうすればよいか」が議論されています。結論がずいぶん先送りにされている感もありますが、いずれにせよホットなテーマでもありますのでぜひ注目してみてください。できればこの分野の研究に参入していただけるとたいへん嬉しいです。
researchmapにも同じような記事を2本かいています。よろしければご高覧ください。
これまでの成果と今後の展望
オンラインで入手可能なものを中心に、いくつか代表的なものを抜粋します。
・橋本純次(2016)「人口減少社会に調和する放送制度のあり方:民放構造規制を中心に」, 『情報通信学会誌』33(4), pp.81-98.
現行放送制度への批判と、東北地方に所在する22の民放地方テレビ局(地方局)へのアンケート調査を基礎として、人口減少社会に調和する放送制度のあり方を検討した。本研究から、現行放送制度と地方局の需要との間にミスマッチが確認され、それを解消するための具体的な放送政策を提言した。同論文は情報通信学会 第17回論文賞 優秀賞を受賞した。 |
・橋本純次(2017)「民放地方テレビ局における『地域密着』業務の現状と課題:制度的同型化を端緒として」, 『情報通信学会誌』34(3), pp.53-68.
社会学的制度論に属する「制度的同型化」の視座から、民放地方テレビ局(地方局)が「地域密着」のために実施する業務が類似する原因について検証した。全国99の地方局に対するアンケート調査から、「地方局が『地域密着』に関する共通認識を有するにも関わらず、諸般の事情により受容様式や住民ニーズを把握できていないため、県域・系列における正確な自己評価ができていないため、業務が同型化する」という構造が明らかになった。 |
・橋本純次(2020)「視聴者の流動性を背景とした民放構造規制の役割」, 『社会情報研究』1(1), pp.37-54.
人口移動とインターネット利用が常態化した現代社会において、民放地方テレビ局が果たしている役割を検証した。県境を越えた移動を経験した20名のインフォーマントに対するインデプスインタビュー調査と、M-GTAによる結果の分析から、移動前に視聴者が地方メディアとの間で「需給のループ」を生んでいる場合、その感覚が内在化され、移動後にも当該地方の情報を得ようとすることが明らかになった。一方で、需給の乖離を経験する、あるいは県域内で情報格差に直面する場合、そういった感覚は生じず、アクセスは切断される。この結果を踏まえ、民放地方テレビ局が今後どうあるべきか提言した。 |
・橋本純次(2022)「『放送の地域性』研究の展望:事業者や地域の実情を踏まえた放送制度の実装に向けて」, 『放送メディア研究』15, pp.189-200.
民放地方局をめぐる放送制度が現在直面する問題点について、具体的な定義の不存在、制度をめぐる議論における認知的多様性の不足、研究者のポジショナリティの問題といった点から整理したうえで、事業者の実情や地域住民のメディア利用を反映した放送制度を実現するために求められる視点や具体的な方法について提言した。 |
・橋本純次, 樋口喜昭, 脇浜紀子, 寺地美奈子(2022)「『放送の地域性』の評価方法を考える:情報空間全体における持続可能な地域情報流通のために」, 日本メディア学会 2022年秋季大会.(学会発表)
内閣府 規制改革推進会議において「放送の地域性に関する定量的指標」の必要性が指摘されたことを受け、地域の実情や地域住民による地域メディアの位置づけといった観点から具体的な測定方法の検討を行った。担当箇所「地域情報流通を担保・活性化しうる『放送の地域性』測定⽅法の提⾔」では、①基本方針としての「『出身者』要件」と「カバー率公表要件」、②それらが満たされない場合には「地域性充足」の根拠を自ら示すこと、③第三者機関による評価に関する一連の案を提示し、コミュニケーションツールとしても機能しうる実現可能な測定方法を提言した。 |
各種勉強会等でもご紹介させていただいていますが、「放送の地域性」の測定方法のあり方についてわたしは現状下図の通り整理しています。すなわち、従業員・役員の出身地やその公表、さらには「自らが地域性を備えると考える根拠」を事業者自身に開示してもらうことで地域性の有無を測ろうというものです。
これにより、① 放送番組への直接的な規制を防ぐことができる、② 手段の目的化が起こりづらくなる(指標自体の省察を促すことができる)、③ 地域性指標について考えるプロセス自体が地域住民と放送事業者/ステークホルダーと事業者/事業者内のコミュニケーションツールとなる、といった効果が得られると考えています。これをブラッシュアップしていくことが当面の課題になりそうです。
おすすめの参考文献
わたしが博士論文を書いたとき、背景整理と仮説定立のため参考にしたのは、長谷部恭男(1992)『テレビの憲法理論 -多メディア・多チャンネル時代の放送法制』, 弘文堂. や、磯野正典(2010)『地方分権とローカルテレビ局』, 文眞堂. あるいは、脇浜紀子(2015)『「ローカルテレビ」の再構築-地域情報発信力強化の視点から』, 日本評論社. といった文献でした。これらはいずれも必読だと思います。あとは 『日本民間放送年鑑』, コーケン出版. にも目を通す必要があります。株主構成やその年の経営指標をざっと見るだけでも、放送事業者を対象とする研究が一筋縄ではいかないことがよく分かると思います。なお、放送政策のコンメンタールである 金澤薫 監(2020)『放送法逐条解説 新版』, 一般財団法人情報通信振興会. を参照する際は、必ず現行制度も確認するようにしてください。
放送政策や「放送の地域性」について勉強するうえでは、NHK放送文化研究所(2013)『放送メディア研究 10』, 丸善プラネット. が近道です。ほかにも 村上聖一(2016)『戦後日本の放送規制』, 日本評論社. や 樋口喜昭(2021)『日本ローカル放送史:「放送のローカリティ」の理念と現実』, 青弓社. が既に出版されているのは、初学者にとって本当によいことだと思います。あとよかったら前述の『放送メディア研究15』も読んでみてください。最後の「誌上座談会」にもこっそり参加させていただいています。